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強相関電子と有機導体

有機導体(BEDT-TTF)2Xは,BEDT-TTF分子をドナー分子,X分子をアクセプター分子として,2つのBEDT-TTF分子あたり1つの電子をアクセプター分子へ移動させて結晶になっている電荷移動型錯体です.(下図a)特にBEDT-TTF分子の配列様式がカッパ(k)型と呼ばれるk-(BEDT-TTF)2Xは,2つのBEDT-TTF分子が強く結びついた構造(2量体(ダイマー))をしています.このとき,1個のダイマーあたり1個のホールを持っていることになるため,実質的に1/2充填バンド(キャリアはホール)を形成します. このようなBEDT-TTF系有機導体においてその電気的性質を決めているのは,ダイマーあたり1個存在するホールの間に働く電子相関の強さです.金属的状態では,ホールは,分子結晶中に広がった分子軌道の雲の中を自由に動くことができます.しかし分子ダイマーあたりちょうど1個のホールがあり,1つダイマーサイトに2個の電荷(ホール)が来たときに働くクーロン斥力(オンサイトクーロンエネルギーUという)が強いときには,ホールはお互いに避けあって各サイト上で動けなくなります.これがモット絶縁体状態です.キャリアが隣のサイトに動こうとするエネルギー(トランスファーエネルギーtという)よりもUが小さければ,キャリアは結晶中を動き回れる金属状態になります.つまり電子相関が強い系では,Uとtの大小関係で決まるあるしきい値(転移点)を境にして,金属状態とモット絶縁体状態の変化(金属−絶縁体相転移)がおこります.  結晶中の原子や分子のUは,ほぼそれぞれの原子,分子によって固有に決まり,分子の場合は大まかに大きな分子のほうがUは小さくなります.Uが変化しない状況で金属化するには,tを大きくするか,もしくはキャリア数をサイトあたり1個からずらす(キャリアドーピング)方法があります.前者の場合をバンド幅制御,後者をキャリア数制御による金属−モット絶縁体相転移といいます.銅酸化物高温超伝導体などの遷移金属酸化物の多くは,モット絶縁体状態から酸素量の調節や元素置換によるキャリアドーピングにより金属,超伝導体化します.一方,有機伝導体のような電荷移動錯体の場合は,一種のイオン性結晶であるため価数の異なる分子を部分的に置換することでキャリア数を変化させることは難しいです.その代わり,結晶の柔軟性を利用して,物理的に外部から圧力を加えたり,また小さな分子に置換することで結晶格子の大きさを小さくし分子間のトランスファーエネルギーを増加させること(化学的圧力という)でバンド幅制御型の金属−絶縁体転移をおこすことができます. k-(BEDT-TTF)2X系の金属−モット絶縁体転移近傍の電気的性質が少しの圧力や分子の置換で突然大きく変化します.下図bに示すように電子相図の横軸は電子相関の強さに対応するバンド幅とオンサイトクーロンエネルギーの比(t/U)に対応しています.バンド幅は試料に圧力を加えたり,分子の置換を行うなどすると変えることができるため,電子相関の強さも圧力を加えると変えることができます.つまり圧力を加えてバンド幅が広くなるほど電子相関が弱くなり金属的になります.この相図上にあるk-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Clは常圧でモット絶縁体です.この物質のアニオン分子内の塩素を臭素で置換したk-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brは化学圧力が働き,相図中の弱い電子相関側の金属の領域に位置し低温まで金属的であり,約11Kで超伝導になります.常圧中でモット絶縁体であるk-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Clに,圧力を加えていくと,約25メガパスカル付近でモット絶縁体から金属(超伝導)状態に1次の相転移を起こします(モット転移).この1次相転移極近傍では,k-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]BrのBEDT-TTF分子の水素を重水素に置き換えることでも化学圧力効果でモット転移を起こすことができます.

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